乾癬という病い

このブログは、難治性皮膚疾患である乾癬という病いとともに生きる、一人の人間の記録です。

遠のいた日常

最後に生物学的製剤を打ったのは今年1月中旬。次の生物を予定していた3月は予約日に病院へは行ったが医師との話し合いの結果、コロナ禍での危険性を考えて生物学的製剤を打つのを一ヶ月延期することにした。

4月7日、史上初めて特別措置法に基づく緊急事態宣言が発令された。

とても病院へ行けるような状況ではなく病院へ電話し、医師の了解を得て4月の予約を延期した。乾癬はじわじわと悪化していたが我慢するしかなかった。とにかく4月は日本中がコロナで緊張状態だったし、乾癬が悪化することよりも日々を乗り切るのに必死だった。

5月、GWは終わったが緊急事態宣言は延長された。乾癬は上半身のみ悪化していた。なぜか足の乾癬は出ないままだった。生物を打ち始めたときは足の乾癬が最後までいちばんしつこく残っていたのに、今出てこないのは不思議だなと思った。

とても迷ったが緊急事態宣言中は生物はやめようと思い、病院へ電話し5月の予約もまた一ヶ月延期にしてもらった。

6月、緊急事態宣言が解除され徐々に電車も混み合うようになり街にも人出が少しずつ戻ってきた。

私はやっと生物が打てる!と満を持して病院へ向かった。夏に向けて早く乾癬を消したいという思いでいっぱいだった。

病院の入り口では防護服を着た職員が3人ほどいて、額と首筋での検温、いくつかの質問が書かれたボードを見せられてそれに答えると、特に問題なく病院へ入れた。

生物を打つ日は診察前に採血などのいくつかの検査を済ませなければいけないのだが、この日はその項目の中にレントゲンが入っていなかった。コロナの件もあり、肺も見て欲しかったのでレントゲンを追加してもらった。

皮膚科の待合には多くの人がいた。中には咳をしている人もいてやはり病院は少し怖いなと感じた。

順番が来て診察室に入ると医師は「レントゲン追加したんですね。ってことは今日は生物打つつもりでいらっしゃったんですね」と言ってきた。

ん?と思ったが、「はい、もう大丈夫かなと思って。夏ももうすぐですし腕なんて乾癬広がっちゃって半袖着れない状態ですし」と身体を見せた。

医師は「3月、生物を打つ事をすごく不安がっていらしゃいましたが今はどうですか?」と聞いてきたので私は「あの時はまだ何もコロナについてわかってなかったので怖かったですが、今はそこまでではないです。データ上でも日本では緊急事態宣言を延長するほどではなかったんじゃないかと思ってるくらいです」と答えた。

医師は黙っていた。その表情も硬かった。それはマスクの上からでも読み取れた。

医師は「それぞれの状況に合わせた治療計画を立てようと思ってるんです」と話し始めた。

「私は今、あなたは生物を打たないほうがいいと思います。まだあなたは不安そうに見えるから」と。

「えっ、私不安そうに見えますか?むしろ冷静に分析してるつもりなんですが…。」

「不安そうに見えます。」

あれっ、なんだろうこの展開は?と思った。

まさか生物打ってくれないのかなと心配になった。

「私、3月まで毎日超満員電車に乗ってても自分や周りがコロナにかかってない事で思ったんです。多分電車の中では誰も喋らないからうつらない。もし満員電車でうつるようなら東京の感染者数はこんな数ですむはずがない。だから電車ではクラスターは起きないって。飛沫を飛ばさない、受けない、手洗いとうがいっていう基本的な対策をきちんとしてれば大丈夫なんだろうなって」

「それはそうですね。きちんと対策とってれば大丈夫だと思います。」と医師は言ったが、私が不安そうに見えるという点は譲らなかった。

なんで?なんでだろう?私の何が不安そうに見えるのだろう?それとも何か私が失言してしまったのかな? 不安そうに見えるとかそんなふわっとした表面的な理由で生物を打ってくれないのか? と私は混乱した。

そして医師は言った。

「今あなたが生物を打って、そのあとコロナにかかったらきっとあなたは後悔すると思う。」

それって3月にも医師が私に言った言葉だ。その時はそうかも知れないと思ったが今は違う。その言葉が今は引っかかる。

「それって不安そうに見えるっていう私個人の問題ですか?コロナにかかる可能性は今後もなくならないですよね?だったらもう生物はコロナのワクチンができるまで打てないってことですか?私は打って欲しいんですが」とお願いした。

医師は繰り返した。

「そうですね、あなたの個人的な事です。きっとあなたは後悔すると思う。私もあなたに生物を打ってその後あなたがコロナにかかってしまったら申し訳ないし。」

なぜコロナにかかる事を前提にして、申し訳ないとか後悔とかの感情論を医師と話しているんだろうと思った。生物を打ってコロナにかかったとしても必ず重症化するわけじゃないだろう。医師は責任問題になるのを恐れているのだろうか。

私は「むしろ医療崩壊さえしなければ、生物を打ってコロナにかかって重症化したとしても適切な治療が病院で受けられると思ってるんですが…」と伝えた。

医師は黙っていた。

私は焦ってしまい「この夏はマスクもしなきゃいけない。生物打ってもらえず、長袖着てマスクもつけて、どうやってこの夏を乗り切ればいいんですか?」と言ってしまった。

すると医師は別の治療を提案してきた。

「光線治療はどうですか?かなり抑えられますよ」と言った直後に「あ、それじゃ病院に通わなきゃいけないから感染リスク高まるな」と自分で言った事を否定した。

私も断った。昔から光線治療は何度もしてきたが私の肌は紫外線に弱くて全くうまくいかなかったからだ。

更に医師は「じゃオテズラはどうですか?」と提案してきた。

私は「オテズラも免疫を抑制するんですよね?しかも下痢とか吐き気とか副作用が強いと聞いてます」と答えると医師は、

「確かにそうですが生物ほど強い薬ではないし感染症の報告もほとんどないです。副作用も下痢とかにはなりますが一ヶ月位です。一ヶ月乗り切ればラクになります」と言った。

私はこの提案も断った。このコロナ禍で仕事をしながら一ヶ月も副作用に苦しみ、しかもその不調が副作用なのか別の病気なのか、はたまたコロナなのかわからないまま過ごすのは無理があると思った。

私は逆に質問してみた。

「テレビで見たんですがコロナの治療法でリウマチの患者さんに使う生物、IL6に作用する薬が効いたというのを見ました。その生物を打つと逆にコロナにかかりにくいんでしょうか」

医師は「そうですね、その薬はIL6やTNFαに作用するのでコロナになりにくいとは言えますが、あなたが使う生物はIL6は関係がない。だからコロナで肺炎になると重症化の可能性があります。それに、まだコロナは収束してないし、乾癬だけだったら、乾癬という病気だけだったら、死ぬということはないんですよ。」

重症化だとか死ぬだとか、むしろ私は医師の発する言葉で不安になってきた。それにそんなこと言い出したらキリがないのではないか。生物が怖くて打たなかったとしても乾癬患者が他の病気にならないなんてことはない。もはやコロナを恐れて不安になっているのが私なのか医師なのか訳が分からなくなってきた。

医師も苛立ち始めた。私の診察時間が長くなった上に結論が出ないからだ。私もさすがに後に続く患者さんの事が気になっていた。

医師に「とりあえず一旦待合に戻って考えてください。待っている患者さんもいるので」と診察室を出された。

私は待合の長椅子に座り、どうしようどうしようと動揺していた。とっさに手元にあるスマホで「生物学的製剤 コロナ 死ぬ」などと検索をかけたりしていた。無理だ、何にもわからない、なんで、なんで生物打ってもらえないんだろう。私の何がいけなかったんだろう。

どのくらい時間がたったか覚えていないが再度私の番号が呼ばれた。

診察室に入ると医師は「どうですか?決まりましたか?」と聞いてきた。

「いえ、こんな事、いち患者で素人の私が決められません。ただ私は生物を打ってもらいたいです。夢にまで見たクリアな肌を諦めたくないんです。」

医師は明らかに困っていたし、苛立っていた。その医師の顔を見て、私はとっさに「分かりました。じゃあ今日は打ちません。」と言ってしまった。すれ違う意見のやりとりでもうこれ以上自分の診察に時間を取らせるわけにはいかないと思った。

医師は一ヶ月先の予約を取ってくれたが、私は一ヶ月予約を延ばしたところで一体何が変わるんだろうと思った。

診察室を出て支払機に行くと、診察代と意味の無かった検査代で7000円近い金額が表示されていた。ガックリしながら支払いを済ませた。

どうしよう、またあの醜い皮膚に戻ってしまう。しかも季節は夏になる。去年の夏は沖縄の海で泳いだのに。今年のお正月は次どこに旅行へ行こうかとワクワクしながら考えていたのに。なのにたった半年で全てが変わってしまった。このままじゃ経済も悪化して私も来年には首を切られてしまうかも知れない。生物が打てなくなってしまうかも知れない。生まれて初めて経験したクリアな肌がこんな短い期間で終わってしまうのか。生きている間に少しでも長く、一日でも長くクリアな肌で過ごしたかったのに。

なにが悪かったんだろう、なんで打ってもらえなかったんだろう、でも今すごく動揺してるから落ち着かなきゃ。冷静になったら私の悪かった部分がわかるかも知れない。冷静になろう。そうだ、昼ごはん食べてなかった、お腹がすいてると人間イライラするっていうしな、お気に入りのパスタの店に久しぶりに行こう。もう外食してもいいよね。何ヶ月ぶりの外食だろう。美味しいランチ食べて落ち着こう、うんそうしよう、そうしよう。

私はそう自分に言い聞かせながら病院から駅に向かう途中にある、お気に入りの店へ向かった。でも店の前に着くとびっくりした。たくさんの人が楽しそうにお喋りしながら食事をしていた。6月になって初めて出社したような社会人や学生達でいっぱいだった。

密になっている。コロナなんてなかったみたいに日常に戻っている。

怖い。足がすくんだ。

私は泣きたくなった。なんで、なんで私だけ日常に戻れないんだろう。そう思った時にはもう泣いていた。お腹なんか全然すいてなかった。

それから家までどうやってなにを考えて戻ったのか、今も全然思い出せない。

 

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