乾癬という病い

このブログは、難治性皮膚疾患である乾癬という病いとともに生きる、一人の人間の記録です。

世界乾癬デー

毎年10月29日は世界乾癬デーだという。私はここ数年でそれを知った。ごく最近だ。

乾癬という病気の啓発活動に尽力されている方々には本当に頭が下がる。

乾癬という病気、病名の啓発という意味で道端アンジェリカさんの乾癬公表は社会的に非常に大きな意味があったと思う。

事実、私が生物を打つようになったのは彼女のお陰だ。そして彼女はその後、結婚出産をしており乾癬で将来を悩む若い女性のパイオニア的存在といっても過言ではないだろう。長らく乾癬を患い治療を諦めたり最新の治療情報を知らずにいる患者にとっても情報を得るきっかけになったのではないだろうか。

医者もアンジェリカさんの公表時には問い合わせが凄かったと言っていた。有名人が病を公表することによる影響力は計り知れない。

乾癬イベントのニュースなどを目にするとやはり嬉しいものだ。奇病で汚く、うつるといったイメージの病いを、正しく「知って」もらえる事はとても有難い。

この問題を個人レベルに落とし込んだときに私がいつも考えるのは「知って」もらえる事と「理解」してもらう事とは別だということだ。これを混同してしまうと単に患者が権利だけを主張する事になってしまったり、どうせ他人は解ってくれないと自分が苦しむことになる危険性があるからだ。

いくらうつらない病気であると言ったところで皮膚病の見た目が他人に与える印象は決して良くはないだろう。「患部がひどい状態」での公の温泉やプール使用は私は避けるようにしてきた(もともと入れる状態ではなかったが)。何故なら乾癬の場合、鱗屑が剥がれ落ち、湯や水にたくさん浮いてしまうからだ。

他人に自分の事を「理解」してもらおうというのは病気以外の事でもかなり難しい。たとえ相手が家族だとしても「理解してもらいたい」と期待すると、結果嫌な気持ちになってしまうことも多々あるからだ。理解してもらいたいという気持ちと、解ってもらえないというジレンマの狭間でしんどくなるのは、どんな問題でも誰もが日常生活でよくある場面のように思う。

だから単に「知って」もらえるだけでもそれはすごく有難い事なのだ。「知って」から個人がどう思うかは相手に任せればいいだけなのだから。病気に限らずこの考え方で過ごすことが出来れば色んなことが楽になるような気がするのだ。

それはとても難しいことなのだけど、そんな風に生きていければいいなぁといつも思うのだ。

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